- 新卒採用 Special Site TOP>
- 仕事と人を知る>
- 私の生き方>
- 飯倉 仁
不可能を可能に。果敢に取り組む、好奇心とパワーの人。
“ワクワク”と“切り替え”
「何としても優れた薬をつくる」「結果が出ないことは多々ありますが、それが原因で落ち込んだことはほとんどありません」。そんな強気の言葉を次々と口にする飯倉。その背景にある思いを飯倉は「使命感というよりは、ただ純粋に“やりたい”という気持ちが強いだけと思っています」と笑う。「ただ、製薬会社での活動が長くなってくると、世の中の困っている人たちに役立つ価値ある薬を創りたいという純粋な気持ちがどんどん強くなってきています」「研究も、仲間たちとプロジェクトを進めていくのも、新しいことを考えるのも、すべてにワクワクする。私は何かが動き出すとドキドキして眠れなくなることがあるくらいです。研究が停滞して進まない日はサッと切り上げて帰る。そしてまた明日頑張ろうと考える。新しいことをやっているのだから、うまくいかないこともあるのは、当たり前だと思いません?」
何かと、でっかい人。
そんな飯倉を周囲はどう見ているのだろうか。「よく『声と顔は大きい』なんて言われます。まあ、体も大きいですし」。そんな飯倉は家でも良きパパ、良き夫のようだ。「娘は小学1年生。家で化学のモデルをいじっていると、横でブロックがわりに遊んでいます。ちょっとした実験を見せて喜ばせたりもします。妻には何でも話します。会社のこと仕事のこと、良いことも悪いことも。仕事上で女性研究者の発言の真意が分からないときなどは、女心をアドバイスしてもらったりもしています」。全身からパワーを発している飯倉、その源は充実したプライベートにあるようだ。
ケミストリーとバイオテクノロジーの間で。
まもなく飯倉が取り組んだのは、人工透析の際に使用するエポジンと同様の効果を示す経口剤開発の研究だった。「この研究はバイオテクノロジーで生まれた生物製剤であるエポジンを、点滴薬から経口剤にするというものでした。この研究は失敗に終わりましたが、その後もこのような従来の手法では難しい創薬を可能にする手法をずっと考え続けています。現在は、バイオとケミストリーというこれまで全く独立して研究を実施してきたふたつのテクノロジーを融合させるというまったく新しい手法を用いて再チャレンジを開始しています。いまだに壁は厚いですけど」。「中外製薬は“今までにない医薬品を、今までにない力で創り出す”と掲げているとおり、これまでも新たな技術開発にチャレンジしてきた歴史があります。今私が研究していることも成功すれば、必ず大きな力になるはず。ここで自分がずっとやっていく相手を見つけた感じです」。
プロジェクトは、風呂桶と同じ。
研究者としての顔だけでなく、飯倉はリーダーとしても試行錯誤を続けている。「日頃からどうすればプロジェクトがより上手く動いていくかを考えて続けています。あるプロジェクトではリーダーとして、薬のタネである化合物の効き目を高めて現実に使用できる化合物を得る研究を任されました。現在この化合物は臨床試験実施中です。この研究を通じて、臨床試験に至るまでのさまざまな創薬プロセスの改良を実行できました。新しい手法をどんどん取り入れながら仕事を進めることができたのは、やはり意欲の高い人が集まったというのが大きかったと感じています。プロジェクトチームとは風呂桶のようなもので、一カ所低いところがあると、そこから流れ出してしまうと感じています。当時のメンバーは一体感があり、毎週飲みに行って楽しかったですよ。創薬研究に大切なことは、それぞれの分野の担当者が自分の専門性に責任を持ち、かつプロジェクト全体を見ながら自分の成すべきことを実施することだと感じるに至りました」。
教科書に載る、研究。
中外製薬に入社するまでに、日本、アメリカ、スイスの4つの大学で研究生活を送ったという変り種の飯倉。「博士課程では、有機合成化学の研究をしていました。フラーレンという分子を化学修飾させることで、今までにない物質を作り出し今までにない性質を獲得するという研究です。この研究は“コットン・ウィルキンソンの無機化学”という大学院生なら大抵読む教科書に載っています。とても嬉しい体験でしたし、指導くださった中村教授には大変感謝しています」。
一人じゃ太刀打ちできないもの。
研究者の道をひた走っていた飯倉が、中外製薬に注目したのは、高度専門職の募集を知ったためだ。「すぐに面接に行ったのですが“こういう人たちと一緒に仕事をしたい”と面接官や取締役の方々に魅了されてしまいました。そして、ここなら色々な仕事ができるだろうと直感しました。ただ、当時はどうしてもこの研究をしたい!というこだわりはなくて。むしろ、自分一人じゃ成し遂げられないこと、一人じゃ太刀打ちできないものを相手にしたい、知的好奇心や探究心を満足させられる仕事をしたいと思っていました。ここには、きっとその思いを満たす仕事があるだろう、そう考えました」。



